頑張った

  • 2017.08.22 Tuesday
  • 22:38
ただ、よく頑張ったと、認めてほしかった。

頑張り過ぎだとか、無理をし過ぎだとかの忠告は、頭ではありがたいとわかっていても、否定されたと心が感じていた。

私しかいない状況だったから、がむしゃらに頑張った。
断ることも出来たといえば出来たけれど、それは困っている人よりも自分の都合を優先することで、私の心がそれを良しとしなかったから、自分の心に従っただけ。

そりゃキツかったけど、苦しくはなかった。
越えられない試練は来ないと知っているし、越えればまた私は成長できると信じているから。

私が頑張ったことは誰より私が知っている。



なのに。それでも。



よくやったと、誰かに言ってほしかったのだ。


涙が出た。


まだまだ、まだまだ若僧だなぁぁぁ。

階段と五味

  • 2017.07.15 Saturday
  • 23:01
今日、某建物内の階段を登っていたとき。

上のほうの階段の1段を占拠するような形で、4歳くらいの男の子が寝そべっていました。

階段の上にいた数人の大人は、
「危ないよホラ」
「またいで通っちゃっていいのかな?笑」
と言いながら見下ろしていて、
当の男の子はなんだかしてやったり顔をしていて、動かないし返事もしません。

私は男の子のそばまで登っていくと、
「なんだ面白そうだな♪」
と言って、彼の1段下の階段へ同じように寝そべりました。
身長的に下半身は折り曲げるしかなかったけど。

上にいる人達が「落ちちゃうよ!」と心配してくれましたが、
私は満面の笑みで男の子に添い寝。
すると男の子が、すごく嬉しそうにニカーッとしてくれたように見えました。

そこで私は起き上がって、4歳男児を掬い上げるようにお姫様抱っこ。
なんて軽い。4歳ってこんなに軽かったっけ。

彼は無抵抗で、ニコニコして私に身体を預けてくれていました。

そのまま階段を登りきって、安全な場所へ降ろすと、彼はあっという間にどっか行きました。笑

ただそれだけの数秒間の出来事なんですが、私にとっては説法よりも心に残った、今日のハイライトです。

階段の上から、文字通り上から注意する役も、それはそれでありがたく必要だと思いつつ、

私は下から、同じ目線を目指して寄り添う役になりたくて、男の子と同じ景色を見るために自分なりに行動できたことが、なんか嬉しかったんです。
男の子の笑顔もめちゃめちゃ可愛かったし。

(ちなみに私はけっこう最近まで、子供は嫌いでした。笑)



そして今日、心に残った話。

人に寄り添える人になるためには、
心の豊かな人になること。

心の豊かな人になるためには、
五味をたくさん味わうこと。

五味は料理の基本の味、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味のこと。

人生は甘いばかりでも苦いばかりでもない。
さまざまな味をたくさん味わってこそ、心は豊かになる。
豊かな心の人は、人に寄り添える優しい人。



この五味は人生に起きるさまざまな苦や喜びを意味していると思いましたが、

でも、食べるものも本当に人生を左右するよな、と。

食べることは生きること、生きることは食べること、
って言葉好きなんですが、
どんな人生になるかっていうのは、どんなものを糧(食糧としても経験としても)にしていくかでもあるのかな、なんて思いました。

私が生意気なだけだと思われますが

  • 2017.07.14 Friday
  • 23:15
では生意気なら生意気らしく、存分に生意気を言おうと思います。笑


世代の違いというか、時代の違いというか、
ある人との縁を通して、私が今、思うこと。

信仰は仕事じゃない!

宗教が組織にならないで!

ノルマ達成のためではなく、自己の成長のためじゃないんかいっ!


そもそも自分が本当に美味しいと思っていないものを人に勧めたって、伝わらない。
ただ表面的な内容を連絡する事務的な作業になってしまう。

自分が凄く美味しいと思ったものでこそ、熱のある新鮮な感動があってこそ、ようやく少しは何かが伝わるかどうかだと思う。

自分が自分を確認して、ありのままの自分を周りに見せるだけ。
結果は周りがそう判断するだけ。

もし廃れてもそれはそれで、それまでのものだったってことだと思う。
壊れるのを恐れて生易しく守って、それのどこに脈打つ感動があるんだろう。

別にわざわざ壊したいわけじゃないけれど、
私は、新しい風を入れたい。
邪道で型破りな挑戦をどんどんしたい。

嫌われるのは怖くなくなった。
もう好かれるか嫌われるかとか人からの評価を気にするよりも、目指したい自分の姿がハッキリとある。

右を向けと言われたら、あえて「なぜ?」と訊きたい。
だって本当は疑問が次から次へとわいてくる。
なんで?どうして?なんのために?

たぶん、けっこううざいと思う。笑
でもそれが小さな渦を作るんじゃないかと思う。

最近、自分が自分に正直になったなと感じる。
相手の気持ちに寄り添いたいという願いはもちろんあるのだけれど、

常識や固定観念、見栄や体裁などの強い人に対しては、なんか容赦なくなんでなんで攻撃をしたくなる性分らしいと気がついた。笑

そしてそんな自分をまた少し好きになれたように思う。



明日、人生3度目の説法。
願わくばどうかどうか、寝坊しませんように。

だから打ちのめされて良かった

  • 2017.06.26 Monday
  • 04:42

実は1ヶ月前、自分の間違いというか、浅はかさを知って、心が打ちのめされました。

仏教を学び、長年苦しんできた人生が2年前頃に180度変わり、
生きる喜びを知って、全てが無駄なくありがたいと思った。

そしてあまりにも物事が思い通りにいくので、
それがつい、自分の力が凄いのだと思い、驕りや思い上がりが芽生えた。

しかし、自分の力が凄いのではない。
凄いのは、自分を支えてくれている、自分以外だ。

私の力はたかだか、それを少し感知できるようになったことだけ。

なのに思い上がって私は満足して、自分の成長を止めてしまっていた。

要するに、自分に増上慢があったんだ。

 

それを知って打ちのめされた。もちろん知れて良かったとも思ったけれど、

色々含めてとにかく、涙が止まらなくなるほどショックだった。


とはいえ、悩みも、苦しみも、必要あっての意味のあること。
だから安心して悩めばいいことも学んでいる。

目を背けず、安心して存分に味わえばいい。
カメレオンのように、これが今ふさわしく、ちょうどいい色だと。

それが必ずのちに「あれがあって良かった」に展開して転換していくと。

 

 

仏教は「活かす」教え。

私は、打ちのめされたことで沈み、元気がなくなり、
逆に「活力あふれる元気いっぱいの私」だったら出来なかったことが、できた。

人間、本当につらいときは、周りの笑顔や元気が憎らしく感じることもある。

元気に励まさないで。
一緒に泣いてほしい。
そんな場合もある。

自分が元気じゃないからこそ、起こせた行動がある。
だから今は、今がちょうどいい。



うっかり長くなっていた鼻をポッキリ折ってもらえて、やっぱり良かったです。

もう無理だ、こんな難しい深い教えにはもうついていけないって思ったけど、

もう菩薩なんか目指さなくていい、私は六道輪廻する人間でいいって思ったけど、

やっぱり戻ってくるんですね。笑



謙虚にいるためには、感謝を忘れてはならない。

そして傲慢にならないためには、向上心を持ち続けること。

私はこの1ヶ月で、そう学ばせていただきました。

 

 

登録決定

  • 2017.06.18 Sunday
  • 16:34
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おめでとー!!!

この町の住人でいられて幸せだーい(*´∇`*)

ラジオの公開収録で、
毎朝ラジオで聞いている内藤さんを初めて生で見ました。
うわぁ〜ラジオから聞こえてくる声だ!(笑)

こういうイベント、初めて来たけど、
しかもひとりで来たけど(笑)

楽しかった!(*^^*)

谷川岳 一ノ倉沢

  • 2017.06.11 Sunday
  • 16:35

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むちゃくちゃ気持ち良かったー!!

 

すっごい晴れ!

空気もカラッと!

んもう最高でした!

 

ちょっとハードな散歩ってくらいの、やさしい登山。

 

長男と次男が一緒に参加してくれました。

次男は初めての山登り。

 

友達に会えて、張り合いながら力強く歩く次男。

 

振り返っては「ご婦人、大丈夫ですか」とか言って和ませながら歩く長男。

 

貴重な休日はひたすら家でグータラしたい長女はまぁそれはそれで。笑

 

 

下山後、帰る途中で川のそばの道の駅にも立ち寄り、

ソフトクリームよりも岩魚の塩焼きを欲しがった息子達。

 

囲炉裏みたいなとこで1時間以上かけて焼いているという串刺しの魚を、

うまい!と、かぶりつくふたり。

 

なんかもう私はひたすら幸せでした。

 

めっっちゃ贅沢な休日でした。

 

感謝。

 

 

 

 

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どこに幸せがあるか

  • 2017.05.21 Sunday
  • 07:13

幸せというのは、外へ探し求めるものではなく、自分の中にある。

自分がすでに持っているものの素晴らしさに気付くこと。

幸せはそこにある。



念願の従姉妹に会えた。
新幹線と高速バスを使って、初めてのひとり旅。
最高の1日だった。

そして改めて、幸せとは、知ること、気付くことだと心から思った。

従姉妹はまだ悩むかもしれないけれど、
私が見たのは、想像していたより遥かに、ステキな家族でした。

全然、大丈夫!

親。

  • 2017.05.19 Friday
  • 10:15

我が子より自分の世間体を守る父だと知ったら呆れたけど、


父が育った環境を思うと、そうなるのも無理はないと哀れに思えた。



我が子より自分を心配する母だと知ったら憎みたくなったが、

このひとは、自分が1番可愛いんだと思うと、少し許せた。


 

 

私は、それまで近すぎてちゃんと見えていなかった、親の1面を知った。

そして冷静に理解できた。

決して、恨む心が全く無いわけではない。
だけど、

もうちゃんと恨んだから、

これからは恨む方へエネルギーを向けるのではなく、
自分が我が子に何をできるのかを考える。

負の連鎖を私が断ち切る。

 

 

親にとって都合が良ければ可愛がり、

親にとって都合が悪ければ否定する、


そんな条件付きの愛情ではなく、

 

本当の無条件の愛情を伝え続けよう。

 

それがあれば、人間は成長できると私は信じる。

 

 

 

 

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聞くと聴く

  • 2017.05.17 Wednesday
  • 09:42

 

「お前は相手の意見を、ただ聞いてるだけだ。

ただ喋らせて、ただ聞いて、相手の意見を聴くフリをしながら、

最終的に自分の意見を通そうとしているだけだ。」

 

 

 

「それは、相手の意見を受けとめていないということ?」

 

 

「そうだよ」

 

 

 

ずどーん。

 

私、どんだけまだまだなんだよ…。

 

徹底的に受けとめることを目標にしているのに。

 

 

 

 

昨夜、次男と私が言い合いになりまして、私がムキになってしまい、

あとで冷静になってから「嫌な母親だなぁ」と反省したら、

キッパリと「そうだね」と言った旦那さまが、教えてくれました。

 

人の心を聴いて受けとめる、気持ちを汲む、苦しみを吸い取ってあげる、

そんなひとを目指していながら、

今の私はまだまだ、聴いてるフリで、ただ聞いてるだけ、か。

 

痛かったです。

図星なんだと思います。

涙出ました。

 

そして、

「そんなことない!」

って言わなかったのは、成長だと思いました。

 

相手へ反抗してばかりで、自分と向き合おうとしなかった以前の私からすれば、

確実に成長しているんだと、思いました。

 

目指しているものが遠くて、

今の自分のまだまださを思い知って、

怖じ気づいたり迷いが出たりします。

 

でも、そういう時って、むしろ一段上がる時だと聞いた事があります。

 

順調に快適にいるような時って、実は停滞期というか、休息期であって、

問題が起きたり、苦い思いをする時こそが、新しい階段を上る時だと。

 

「聴いてるフリ」という言葉は痛かったけど、

おかげでこの指摘が私にとって、ものすごく大事なものであることがわかりました。

 

 

 

仕事が思いがけず休みになって、まさかの週末に時間ができた。

これは何のために時間をいただいたのかなと考えたとき、

ついに従姉妹に会いに行く時間をいただいたのでは!?と気持ちが昂ぶった。

 

しかし、自分の温度で事を進めようとした私を母は抑制してくれ、

実は聴く姿勢になれていない私を旦那さまが指摘してくれた。

自分の未熟さに落ち込んだし、正直迷いが生まれた。

 

だけど、逆に考えれば、これは応援だとも捉えられる。

 

大事なことをしようとしているからこそ、

その前に心構えと注意点を、教えてくれたのだと受け取ることもできる。

 

自分の温度を自覚し、相手の温度に合わせて、順序を考えて言葉を発する努力。

ただ聞いてるだけの自分を自覚し、相手の気持ちを聴いて受けとめる努力。

 

自覚って大事ですよね。

知らなければ、改善の努力もできない。

大事なこと教えてくれて、ありがとうございます!

 

 

私は、恵まれてる。

大人になったら、自分を叱ってくれる人は少ない。

自分の周りが甘い人ばかりだったら、自分は成長できないのだから。

 

昔はもっと甘えさせて欲しかった。

今は、自分が成長して高まっていくために、厳しさも欲しい。

旦那さまの厳しさは、今の私にとって、最高の優しさ。

 

 

 

 

反対側の落とし穴

  • 2017.05.16 Tuesday
  • 17:36

自分に自信を持てたのはいいが、

今度は相手への遠慮が足りない。

遠慮というか、配慮。

思いやり、だ。

冷たかった私は、今や逆に熱いくらいになった。

だけど
 

熱さを求めていない人もいる。

 

熱い自分の温度のままで相手にぶつかっちゃいけない。

相手の温度に合わせること。

 

母が教えてくれました…。ありがとう。




私は以前、自分が暗かったとき、
太陽みたいに明るい人ほど憎い存在はなかった…。

苦を抱える人と接するならば、あの感覚もまた大事だから、忘れないでいたい。



傲慢と同じ、
今の私の重要な課題。