1年たちました

  • 2018.12.07 Friday
  • 01:54

 

お久しぶりです。

 

1年ぶりです。

 

わ〜もう1年たつの!という思いと、ええ!?まだ1年なの!?という思い、そんな矛盾の中に今います。

 

書きたいことは山盛りなんですが、時間がない…ということにして、本当は書く勇気がなかったんだろうと思います。

 

この1年、またけっこう盛りだくさんでなかなか密度も高く、とても楽しかったです。

大きな事としては、2017年の終わりに家が完成して引っ越したこと、

個人的な大きな事としては、音楽仲間ができて、セッションを楽しむことができたこと。

 

人生めっちゃ楽しんでる風なことを、今は書けると思います。

 

でも、これを書かずには進めない…

 

試験がどうなったのか。

 

あんなに色々言っておいて、

 

まさか受験をドタキャンしたなんて。

 

情けなくて、情けなくて、今日まで書けなかったです。

 

受験の3日前くらいに、車で雪の山道の運転を急いでしまった私は、スリップ事故を起こしました。

といっても事故は大したことないんですが、

その状況が、まさに今の自分である気がして。

気が急いて、必要以上にスピードを出して、試験にまっしぐらに突っ込もうとして。

 

大事なことは、本当にそこにあったのかしら?

 

車は雪道をクルンッと半回転して、道路脇の消火栓に突っ込んで止まりました。

 

最初に感じたのは、

「ああ…、やっぱり止められた。いや…、止めてくれた。」

 

どこかほっと安心したのを覚えています。

車じゃなくて(車もだけど)、自分では止まれなかった私を、神仏が止めてくれたと感じたんです。

それはつまり、まだ早い、無理があると、自分でも感じていたということ。

 

車はすぐ廃車というほどではなかったけれど、あまり乗らないに越したことはないという感じで、電車、タクシー、それとも誰かに頼む…というのを考えはしたものの、事故にほっとした自分を自覚してしまっては、もう試験会場へ行く気になりませんでした。

 

こうして試験の3日前で、辞退の電話をさせていただきました。

 

…この話を、やっと書けました。ほんと、アホだなぁ…。

 

周りは、「なんで!?行けばいいじゃん!」という反応から、まるで予期してたように「いいのよ大丈夫(にっこり)」という対応まで、さまざま。

特に子ども達は、あんなに応援してくれていたのに…、もう…、あの…、いいですかねもうこのへんで。泣

 

この事故の数日後には引っ越し準備が始まり、クリスマス頃から新居に住み始め、数週間後には新しい車(といっても中古車)に買い換えました。

 

あのとき、消火栓がもしなかったら、スピードが落ちないままだったら、

その先の崖から落ちていたかもしれない。あの高さなら、命も落としたかもしれない。

 

そして試験をもし受けていたら、毎月東京へ勉強に行っていたら、

人を救いたくて勉強したかったはずなのに、忙しすぎて文字通り心を亡くしたかもしれない。

 

都合の良い解釈だけれども、私はあの事故に感謝しています。

心身ともに私を止めてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

でもやっぱ情っけない話ー!!笑

 

「身の程知らずーにーはー♪

  • 2017.12.02 Saturday
  • 01:43

後悔とかー限界とかー 無ーーーいもーん♪」

 

 

今夜私は、この歌詞に救われました。

 

試験の申込みをするため、説明と申し込み書をいただきましたが、

穏やかな口調の奥に「アラァ…本当に受けるのねぇ…」的な、

場違い感というか、身の程知らず感を感じた昼間。

 

「せっかくなら合格するつもりで受けてね(^^)」

 

いや、どういう意味やねん。笑

 

 

これまでいろんな人に、この試験を受けたいことを話してきた。

同年代の仲間は「いいと思う!やってみなよー!」と背中を押してくれたけど、

年代が上がるのに比例して、リアクションが複雑になっていった。

今日説明をしてくださった、ウン十年前にこの講座を修了した大先輩に至っては、上記の通り。

 

いやいや、

悪く見ればいくらでも悪く見れる。

すべては自分の見方次第だ。

立派なトサカの大先輩にとってみれば、

私なんぞようやく歩き始めたかどうかのフワフワのヒヨッコなのだ。

 

身の程知らずだろうと、これが今の私。

 

だけど身の程知らずだからこそ、挑戦できることもある!

 

身の程知らずの力を見せてやるのだ。

 

 

吉井さんの歌詞を思い出して、パワーいただきました。

ドラ〇ンボールを録画したり、カラオケで歌ったりしてくれた子供のおかげでもありますな。

子供が応援してくれていると勝手に解釈して、勝手に心を温めております。

 

ちなみに、

もちろん合格するつもりで受けるけれども、もしダメだったとしても

「負ーけるーとー 強くなーるー♪」

とも歌ってくださっていてナイス。笑

 

すべてが自分に必要な過程。

この「身の程知らず感」だっていつか役に立つ私の糧になる。

美味しく食べて頑張ります。

 

 

お客さんからの言葉

  • 2017.11.22 Wednesday
  • 23:51

 

「お姉さん、よく働くねぇ。見ていて気持ちがいいわ。」


今日、店内満席でてんてこまいの中、会計時にお客様からそうお声をかけていただきました。

過去にも「めっちゃ働くねぇ」「体大事にしてね」「なんでそんなに一生懸命働くんですか?」という声をいただいたことがあるけれど、

「見ていて気持ちがいい」

そんな言葉、初めていただきました。
すごく嬉しかった。

実はその2時間前には、従業員同士で店長への不満を吐き出し合い、
「お互い『こんな環境で私達って可哀想』ではなく、『こんな環境でも頑張り続けている私達ってスゴイ!』と思おう!」
なんて言って励まし合っていたのだけれど、

「よく働くねぇ。見ていて気持ちがいいわ。」

そんな素敵な言葉をいただけたのは、考えたら店長のおかげなんだなぁと気が付きました。

常識的にはツッコミ所満載の「とにかく働きたくない店長」なので、私達は言いたいことは挙げれば山ほどあるのだけれども、

逆を言えば、そんな店長だからこそ私達は鍛えられ、成長できたのかもしれない。
こういう状況じゃなかったら、果たして私はここまで努力できただろうか。

そういう意味で、あの店長は人を育てる能力に長けている人なのかもしれない…!

と思ったのでした。

失礼か。笑

 

ツッコミ所は満載だけども、でもたくさん感謝しております。

 


先週、春から始まった全12回の研修が全て終わりました。

全て受講することができ、修了課題を提出することができ、
自分のあまりの未熟さに打ちのめされて、もう嫌になった時もありながら、
今、ますます仏教って凄い、深い、面白い、と思っている前向きな私がいます。

そして、2年前からずっと挑戦したいと願っていた、カウンセラー養成講座への道が現れてくれた。

入学試験ならぬ入講試験は、約2ヶ月後。

準備万端どころか、何を準備すればよいのかすらわかっておりません。笑

だけど、家族が応援してくれているから、もし合格したら精一杯取り組むだけ。

もし落ちたら、まだ時期ではないということだから、次の機会に再挑戦するだけ。



先日、娘から、
「ママの考える『寄り添う』って、何?」
という質問がありました。

その日ちょっと学校を休んだ娘に私は
「まさに今日、あなたに寄り添っているつもり」
と答えたのだけど、

それに対して娘から反ってきた言葉は、

「私に言わせれば今日のママは、寄り添うというより、背中を押してる。

寄り添うって、アドバイスなんかせずにただ相手の話を聞くことなんじゃないの」

と。

衝撃でした。
この子は、凄いなと。

そして私は、肝心の寄り添うことを飛び越えて先走り、背中を押してしまっていたのだと、娘から教えてもらいました。
そう、すぐ突っ走るんだよ私…。反省。

少しは仏教をかじらせてもらったおかげで、自分の心を磨くこと(自行)と、人のために尽くすこと(化他行)を学んだつもりでいても、肝心の実践となるとてんでまだまだ…。

傾聴と共感、とはよく耳にするものの、それに徹することの難しさ。

だけど、会得したい。
それができる私になりたい。

今、そんな感じです。

 

 

キャンドル

  • 2017.11.05 Sunday
  • 03:42

 

真夜中にひとり、

お風呂場でキャンドルを灯し、

ゆったり湯船に浸かりながらお酒を呑む、

っていう怒られそうなことをしてみました。

(※写真はお風呂場ではない)

 

いや〜〜〜たまりません。癒される。

汗もたくさんかいて、毒素が抜けたような気さえする。

ずっとシャワーばかりだったから、やっぱりお湯に浸かるのは格別であると再認識。

 

そしてお風呂を上がったら、空には見事に輝く美しい月。

思わず庭に出て月光浴。たまらん。

これでまた明日も仕事頑張ります!

 

 

 

ここにはしばらく何も書けていなかったけど、

私はもっと仏教を学びたい。

そしてやっぱりカウンセラーになりたい。

 

実はそのための勉強をできるチャンスが今、来ているのです。

 

もちろん勉強したい自分もいるし、しかし現実に家事育児仕事で手一杯の自分もいる。

 

こんなんで、できるの?

無理しなくても、今じゃなきゃだめってことでもないじゃない?

 

この1か月ほど、私なりに迷って相談して悩んだ。

年齢を重ねられた方ほどやんわり反対してくれたけど、

身近にいる家族と職場の人が、たくさん迷惑も被るだろうにオッケーをくれた。

心底、本当に、ありがとう。

 

最終的に、決意させてくれたのは、

「こういう人達の力になりたいんだ」と改めて強く思わせてくれた人と、

「迷ったら難しいほうを選べ。そのほうが、同じ時間をかけても得るものが多い」という言葉。

 

できないかもしれない。

でも、挑戦しようと思います。

 

結果はできてもできなくても、それが自分にふさわしい縁だからそれでいい。

ただ1歩を踏み出して始めるということを今しようと思います。

 

 

やる!!!

 

 

 

頑張った

  • 2017.08.22 Tuesday
  • 22:38
ただ、よく頑張ったと、認めてほしかった。

頑張り過ぎだとか、無理をし過ぎだとかの忠告は、頭ではありがたいとわかっていても、否定されたと心が感じていた。

私しかいない状況だったから、がむしゃらに頑張った。
断ることも出来たといえば出来たけれど、それは困っている人よりも自分の都合を優先することで、私の心がそれを良しとしなかったから、自分の心に従っただけ。

そりゃキツかったけど、苦しくはなかった。
越えられない試練は来ないと知っているし、越えればまた私は成長できると信じているから。

私が頑張ったことは誰より私が知っている。



なのに。それでも。



よくやったと、誰かに言ってほしかったのだ。


涙が出た。


まだまだ、まだまだ若僧だなぁぁぁ。

だから打ちのめされて良かった

  • 2017.06.26 Monday
  • 04:42

実は1ヶ月前、自分の間違いというか、浅はかさを知って、心が打ちのめされました。

仏教を学び、長年苦しんできた人生が2年前頃に180度変わり、
生きる喜びを知って、全てが無駄なくありがたいと思った。

そしてあまりにも物事が思い通りにいくので、
それがつい、自分の力が凄いのだと思い、驕りや思い上がりが芽生えた。

しかし、自分の力が凄いのではない。
凄いのは、自分を支えてくれている、自分以外だ。

私の力はたかだか、それを少し感知できるようになったことだけ。

なのに思い上がって私は満足して、自分の成長を止めてしまっていた。

要するに、自分に増上慢があったんだ。

 

それを知って打ちのめされた。もちろん知れて良かったとも思ったけれど、

色々含めてとにかく、涙が止まらなくなるほどショックだった。


とはいえ、悩みも、苦しみも、必要あっての意味のあること。
だから安心して悩めばいいことも学んでいる。

目を背けず、安心して存分に味わえばいい。
カメレオンのように、これが今ふさわしく、ちょうどいい色だと。

それが必ずのちに「あれがあって良かった」に展開して転換していくと。

 

 

仏教は「活かす」教え。

私は、打ちのめされたことで沈み、元気がなくなり、
逆に「活力あふれる元気いっぱいの私」だったら出来なかったことが、できた。

人間、本当につらいときは、周りの笑顔や元気が憎らしく感じることもある。

元気に励まさないで。
一緒に泣いてほしい。
そんな場合もある。

自分が元気じゃないからこそ、起こせた行動がある。
だから今は、今がちょうどいい。



うっかり長くなっていた鼻をポッキリ折ってもらえて、やっぱり良かったです。

もう無理だ、こんな難しい深い教えにはもうついていけないって思ったけど、

もう菩薩なんか目指さなくていい、私は六道輪廻する人間でいいって思ったけど、

やっぱり戻ってくるんですね。笑



謙虚にいるためには、感謝を忘れてはならない。

そして傲慢にならないためには、向上心を持ち続けること。

私はこの1ヶ月で、そう学ばせていただきました。

 

 

どこに幸せがあるか

  • 2017.05.21 Sunday
  • 07:13

幸せというのは、外へ探し求めるものではなく、自分の中にある。

自分がすでに持っているものの素晴らしさに気付くこと。

幸せはそこにある。



念願の従姉妹に会えた。
新幹線と高速バスを使って、初めてのひとり旅。
最高の1日だった。

そして改めて、幸せとは、知ること、気付くことだと心から思った。

従姉妹はまだ悩むかもしれないけれど、
私が見たのは、想像していたより遥かに、ステキな家族でした。

全然、大丈夫!

親。

  • 2017.05.19 Friday
  • 10:15

我が子より自分の世間体を守る父だと知ったら呆れたけど、


父が育った環境を思うと、そうなるのも無理はないと哀れに思えた。



我が子より自分を心配する母だと知ったら憎みたくなったが、

このひとは、自分が1番可愛いんだと思うと、少し許せた。


 

 

私は、それまで近すぎてちゃんと見えていなかった、親の1面を知った。

そして冷静に理解できた。

決して、恨む心が全く無いわけではない。
だけど、

もうちゃんと恨んだから、

これからは恨む方へエネルギーを向けるのではなく、
自分が我が子に何をできるのかを考える。

負の連鎖を私が断ち切る。

 

 

親にとって都合が良ければ可愛がり、

親にとって都合が悪ければ否定する、


そんな条件付きの愛情ではなく、

 

本当の無条件の愛情を伝え続けよう。

 

それがあれば、人間は成長できると私は信じる。

 

 

 

 

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聞くと聴く

  • 2017.05.17 Wednesday
  • 09:42

 

「お前は相手の意見を、ただ聞いてるだけだ。

ただ喋らせて、ただ聞いて、相手の意見を聴くフリをしながら、

最終的に自分の意見を通そうとしているだけだ。」

 

 

 

「それは、相手の意見を受けとめていないということ?」

 

 

「そうだよ」

 

 

 

ずどーん。

 

私、どんだけまだまだなんだよ…。

 

徹底的に受けとめることを目標にしているのに。

 

 

 

 

昨夜、次男と私が言い合いになりまして、私がムキになってしまい、

あとで冷静になってから「嫌な母親だなぁ」と反省したら、

キッパリと「そうだね」と言った旦那さまが、教えてくれました。

 

人の心を聴いて受けとめる、気持ちを汲む、苦しみを吸い取ってあげる、

そんなひとを目指していながら、

今の私はまだまだ、聴いてるフリで、ただ聞いてるだけ、か。

 

痛かったです。

図星なんだと思います。

涙出ました。

 

そして、

「そんなことない!」

って言わなかったのは、成長だと思いました。

 

相手へ反抗してばかりで、自分と向き合おうとしなかった以前の私からすれば、

確実に成長しているんだと、思いました。

 

目指しているものが遠くて、

今の自分のまだまださを思い知って、

怖じ気づいたり迷いが出たりします。

 

でも、そういう時って、むしろ一段上がる時だと聞いた事があります。

 

順調に快適にいるような時って、実は停滞期というか、休息期であって、

問題が起きたり、苦い思いをする時こそが、新しい階段を上る時だと。

 

「聴いてるフリ」という言葉は痛かったけど、

おかげでこの指摘が私にとって、ものすごく大事なものであることがわかりました。

 

 

 

仕事が思いがけず休みになって、まさかの週末に時間ができた。

これは何のために時間をいただいたのかなと考えたとき、

ついに従姉妹に会いに行く時間をいただいたのでは!?と気持ちが昂ぶった。

 

しかし、自分の温度で事を進めようとした私を母は抑制してくれ、

実は聴く姿勢になれていない私を旦那さまが指摘してくれた。

自分の未熟さに落ち込んだし、正直迷いが生まれた。

 

だけど、逆に考えれば、これは応援だとも捉えられる。

 

大事なことをしようとしているからこそ、

その前に心構えと注意点を、教えてくれたのだと受け取ることもできる。

 

自分の温度を自覚し、相手の温度に合わせて、順序を考えて言葉を発する努力。

ただ聞いてるだけの自分を自覚し、相手の気持ちを聴いて受けとめる努力。

 

自覚って大事ですよね。

知らなければ、改善の努力もできない。

大事なこと教えてくれて、ありがとうございます!

 

 

私は、恵まれてる。

大人になったら、自分を叱ってくれる人は少ない。

自分の周りが甘い人ばかりだったら、自分は成長できないのだから。

 

昔はもっと甘えさせて欲しかった。

今は、自分が成長して高まっていくために、厳しさも欲しい。

旦那さまの厳しさは、今の私にとって、最高の優しさ。

 

 

 

 

反対側の落とし穴

  • 2017.05.16 Tuesday
  • 17:36

自分に自信を持てたのはいいが、

今度は相手への遠慮が足りない。

遠慮というか、配慮。

思いやり、だ。

冷たかった私は、今や逆に熱いくらいになった。

だけど
 

熱さを求めていない人もいる。

 

熱い自分の温度のままで相手にぶつかっちゃいけない。

相手の温度に合わせること。

 

母が教えてくれました…。ありがとう。




私は以前、自分が暗かったとき、
太陽みたいに明るい人ほど憎い存在はなかった…。

苦を抱える人と接するならば、あの感覚もまた大事だから、忘れないでいたい。



傲慢と同じ、
今の私の重要な課題。