増上慢…思い上がり

  • 2017.02.23 Thursday
  • 14:13

「卑屈にならない」ことよりも
「思い上がらない」ことのほうが、難しい。




先日、私が働く飲食店にたまたま同級生が食べに来て、
他にお客さんもいなかったので、ついつい話に花が咲いてしまいました。
(店長、ごめんなさい。笑)


何が咲いちゃったかって、
偶然にもお互い、仏教をかじっていたことがわかりまして!

いやぁまさかの仏教話を、しかもそんなに喋ったことのない同級生とできるとは!

(しかも私の中では、このタイミングでこんな出会いが来るのか!というビックリするタイミングだったのです。)


彼は「夢を叶える象を読んだか?」と言い、
その本の存在すら知らなかった私はすぐ手にメモをとり、読んでみると言いました。

そして彼は「マジで人生が変わるよ!」とか「俺は答えを見つけたから」とかを、ドヤ顔で何度も強調しました。

昔ショッキングな事件もあったので、彼が生き生きと語るのを「良かった…!」と思いました。

でも、あれぇ…?という違和感。

なんか覚えがあるんです、この言い方、この感じ。

ああ…、これ2年前の私にソックリに見えるんだ。

いや、彼が実際にはどうなのかは知りませんし関係ないのですが、

私は2年前に、ずっと苦しんでいたものが実は逆だったことに気付いた瞬間、
閉じていた何かが開き、
明るくて鮮やかな視界、びっくりするほど楽な呼吸、すごく軽くて清々しい気持ちに感激し、
悟りの境地にきたんじゃないかと誤解しました。

あまりに嬉しくて、初めて見る世界のようで。
それは私が33年かけて苦しみ追い求めたものの、直接的な答えでした。

オセロの黒がひっくり返り、それをきっかけに全てが覆った。
絶望していた世界は、本当は素晴らしかった。


そして、浮かれて舞い上がったと思います。
自分は答えを見つけた!
自分は凄い!
まだ悩んでいる人達を救ってあげよう!と。

…思い出すと恥ずかしい。(笑)

あくまで、そんな私を思い出させてくれるキッカケに、彼はなってくれた、という話です。


2年前は大きな大きなキッカケだったと思います。
そして今年、また大きなキッカケがあり、
(なんかいつも2月に来るんです)
私が35年抱えていた主な課題の答えは出揃った感じがしました。

一瞬、これは完成したのか?とか思いました。
欠けていたパズルが揃ったからです。
欲しかった答えは出揃ったからです。

だけど、
ゴールどころか、むしろスタートな気がしてきました。

結婚がゴールではなくスタートのように、答えを見つけたところは、スタートだと。

学べば学ぶほど、自分の至らないところがボロボロ出てくる。

そしてもう何度も聞いてきたような言葉に、あるとき心から感動して理解する。

誰かに伝えたいときには、その難しさに凹んで、また至らなさを知って学べる。
その繰り返しがまた自分を高めてくれる。

今はきっと、ようやく登るべき山を見つけたところ。
ようやく下準備が整ったところ。
装備や経験を活かして、これからまさに本当の山を登るような気がしてきました。

そうか「これから」なのか!と、また感激しました。
あの彼のおかげです。


という先日から、

日は変わりまして、今朝。


「開いた状態」がほんとに心地よくて、呼吸が楽で、よく見えて、
そうすると相手の苦しみの原因も見えてきて、

どうか気づいてほしい、こんなに楽な心境があることを知ってほしい、みんなそうなれる素質を持っている存在であることを知ってほしいと伝えたい。

だけど簡単には伝わらない。
自分が持っている宝物に気づかずに不平不満や怒りを発するばかりの姿を見ると、心底悲しい。

薬を飲みさえすれば治るのに、薬を拒否してひたすら苦しむ子供を見るようで、こちらもつらい。

私にわいてきた気持ちは、もどかしさ。

助けたい、救いたい、
本当は根本から救いたい、
なのに相手は目の前の1面しか見えてない、
もどかしい、
もどかしい…。


という気持ちを母に話したら、

「それって増上慢じゃないの?」

と。


………ハァッ!!Σ(゜□゜)


自分はわかっているが、相手はわかってない、だから教えてやらねば、っていう上から目線になること自体が、悟りとはほど遠い。

「教えは、自分に向けるのよ」。

さすが母。

私はまるで覚えたての魔法を使いたくてしょうがない、みたいな心得違いをしている子供だなぁ。

なんか、焦っていました。

目の前の苦しむ人を導かなければ!みたいに思う必要なんて、ないんですね。
苦しむ人を救いたいなら、私が菩薩になればいいんだ。


救いたいという願いを持ちながら、
みんなが持っている素晴らしいもの、純粋なもの、それを信じて讃える。

根っからの悪い人間などいない。
まだ知らないだけ。
まだ気付いていないだけ。

たくさんホコリをかぶって見えなくなっていても、ホコリの中には必ず純粋に輝く綺麗なものをみんなが持っている。

それを信じ、認め、まるごと受けとめる。


善悪や損得で判断する人間の尺度で見るのではなく、ありのままを多面的にとらえる仏の目で見る訓練。

コップは横から見たら四角いけど、上から見ると丸いように。
全ての人間も物事も現象も、本当は多面体。


その中から今このときに最適な一面を見つけ出し、照らすことができたなら。



机の上ではわかっていても、
いざ目の当たりにするとまだまだまだまだ心がザワつきます。

てんでまだまだ未熟なのに、つい顔を出す、思い上がり。

教えは、自分の心の畑を耕す鍬。
相手に向けると武器になる。
肝に銘じたいです。

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