親。

  • 2017.05.19 Friday
  • 10:15

我が子より自分の世間体を守る父だと知ったら呆れたけど、


父が育った環境を思うと、そうなるのも無理はないと哀れに思えた。



我が子より自分を心配する母だと知ったら憎みたくなったが、

このひとは、自分が1番可愛いんだと思うと、少し許せた。


 

 

私は、それまで近すぎてちゃんと見えていなかった、親の1面を知った。

そして冷静に理解できた。

決して、恨む心が全く無いわけではない。
だけど、

もうちゃんと恨んだから、

これからは恨む方へエネルギーを向けるのではなく、
自分が我が子に何をできるのかを考える。

負の連鎖を私が断ち切る。

 

 

親にとって都合が良ければ可愛がり、

親にとって都合が悪ければ否定する、


そんな条件付きの愛情ではなく、

 

本当の無条件の愛情を伝え続けよう。

 

それがあれば、人間は成長できると私は信じる。

 

 

 

 



気付くといつもそう。

 

私の心配ではなく、 私が周囲へ迷惑をかける事を心配している。

 

その火の粉が自分に飛んで来ることを心配している。

 

本当は誰よりも自分の心配をしているのに、その自覚がない。

 

ふたりとも、そっくり。

 

たとえ周りを敵にまわしてでも我が子を守る、というような親ではない。

 

むしろ周りを敵にまわさないように、子供の言動を抑制しようとする親。

 

それが子供のためだと本気で思いながら、誰より必死に守ってるのは自分であることに、

 

気付いていない親。

 

 

 

 

私は「子供が可愛くない親なんかいない」という意見には、同意しない。

もし本当にそうだとしても、

「子供より自分を守る親は意外と少なくない」と感じる。


私にも、その血は流れている。
数年前まで、私は自分がそうである自覚すら無かった。

今だって、父と母は自覚が無いんだ。

一生懸命子供のためにやってるつもりで、
一生懸命自分の心配をしている。
滑稽なほどに。

ただ、彼らが必死に世間体や自分を守ることが、
ひいては私を守ることにも繋がっているという見方もあると思う。


子供の頃からずっとあった、得体の知れない巨大な不安や寂しさや息苦しさの正体を、
私はようやくハッキリ突き止めることができたんだ。

だから子供の頃から眠れなかったし、食べられなかった。
人を信頼するとかが理解できず、自分の趣味に依存し、年頃になると恋愛に依存した。
もう、今は理解できる。

だから呪縛はもう解けていたのだけれど、
その呪縛をかけたのが誰だったのかを、ハッキリと知りました。

やっぱり、母だったんだ。

というか、母だったというところまではわかっていた。

でも母は愛情表現が下手だから、本当は愛情をかけていたけれど、
私がひねくれてて、母の愛情をキャッチできなかったのだと思っていた。

それもあるかもしれないが、
もっと根本的に、

母が本当に心配していたのは、私でも兄でも父でもなかったんだ。

私の母は周りからの、自分の評価を心配しているひとだった…。
 

 

 

でもひとたび気付いたら、
もう残ってたパズルのピースが全部ハマっていく気がしたよ。

ショックはショックなんだけど、

なんか、ああ、なるほど…って納得しました。



わかったからって別に、私はもういいし大丈夫なんだけど、
だから私が、どんな母親になれるのかなんだ。



私は自分が、子供を育てられない人間だと昔から知っていた。

自分がまだまだ子供なのに、親になるなんて無理だと思っていた。

だけど、親と子は一緒に産まれて一緒に育っていくんだと教わり、
自分が親だと気負わずに、子供と同じ目線で一緒に泣いたり怒ったり笑ったりして過ごしてきた。

だからこそ、私の中にずっと残っていた、子供のままの私は、
実際の子供と一緒に、成長できたのだろう。

やっと大人になれたな、と今は思う。

だからもう、母を恨みたいとは思わない。

私が子供達に、旦那に、周りにいる人達に、
どれだけたくさん愛を注げるか、それだけだと思う。



そして父と母にも。



そしたら彼らの呪縛を解いてあげられるかもしれない。
彼らは愛情を知らなすぎる。



彼らが必死に自分を守るのは、自分で自分を守らなければ、生きてこられなかったからだ。

 

 

父は貧しくて家族構成も複雑な家の末っ子で、

知的障がい者の兄に対して世間の理解がなく、惨めな子供時代を過ごしたらしい。

 

母は厳格な祖母から、世間様に恥をさらすな、迷惑をかけるなと、

「〜べき」「〜ねばならない」の教育で四角四面な少女時代を過ごしたらしい。

 

ふたりに共通して欠落しているのは、

ありのままをまるごと受けとめるという無条件の愛情。

 

それこそが私が子どもの頃から全身で欲しがっていたものだと、今ならわかる。

 

心の穴が見えそうなくらいぼっかり空いていて、

とにかく飢えているという表現がピッタリくる私だった。

 

 

(ちなみに兄の幼少時代は団地住まいで友達がいたので、そこで信頼関係を築けたのか?

私は1歳半で田舎に引っ越して、4歳で幼稚園へ入るまで、外部とほとんど接触がなかった。

祖母が可愛がってくれた覚えが、なくもない。

 

年の離れた兄とはあまり一緒にいた記憶がない。

今も近所に住んではいるけど、兄家族と交流はない。

従兄弟のほうが身近に感じるくらい。)

 

 

ふたりの子育ては、私の記憶では、とにかく否定することだった。

 

逆境でのハングリー精神を起こさせたいという方針(だったと成人してから聞いた)の父は、

子どもの私をとにかく言葉で罵り、なじり、馬鹿にした。

きっと父は自分が少年時代に周りから馬鹿にされ、なにくそと勇敢に立ち上がったのだろう…。

 

完璧主義だった母は過保護というか過干渉で、理想と違う私に戸惑い、どうにか直させたくて、

正解と違う私を否定し、何から何まで手を出し、思い通りにならないとヒステリーを起こした。

 

それは決して全てではなく、多面体の中の1面に過ぎない。

 

だけど私が父と母を語るときに、真っ先に出てくる面であるのは間違いない。

 

彼らは、悪くない。

彼らにも、そうなるに至った背景がある。

私はそれを知れて良かった。

 

 

 

 

無条件に愛するとか、まるごと受けとめるとかを、

母は今も理解ができないでいる。

どういうことかわからないと言う。

 

なぜ母は理解できないのか、今はわかる。

 

父も母も、自分をまるごと受けとめてもらえる安心感を、味わっていないからだ。

 

愛は、もらったことがなければ、知らないままなんだ。

 

 

 

私は、友達や、旦那や、子ども達、そして仏教を学ぶ中で、

心底から、存在を許されている、愛されている実感、

ありのままの自分でいられる安心感を、得ることができた。

 

 

 

だけど。

 

 


でも、私は、今の私は、

それでもまだ、父と母を愛してあげられません。

切り捨てたいとまでは思わないけれど、
私もまだまだ脱皮できてないとこ、いっぱいあるんだ。

そんな自分をまた知りました。


そしてそんな自分も、そんな自分に至った過去も、
全ては私がカウンセラーになるために活かせる栄養になる。

むしろカウンセラーになることへ繋がっている感じ。
示唆してるように。

天の封書、という言葉をどこかで聞いたけど、
私はそれを開けることができた幸運な人間だと思う。

ちゃんと見つけたから、
みんな食べて糧にして活かします。

 

 

 

 

【追記】

 

どうしてすぐに、わからなかったんだろう。
 

旦那は何年も前から気付いていて、私にそう言ってくれていたのに、

私は旦那こそおかしいと思い、理解ができなかったという有り様だった。

 

たくさん嫌な思いさせたね…。

お前の親と縁を切りたいとまで言わせたこともあったね…。

 

今なら理解できるよ。

本当にごめんなさい。

ずっと耐えてくれて、ありがとう。

 

私を愛してくれて、救ってくれて、ありがとう。

 

 

 

 

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